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茂福町(茂福町、東茂福町、南富田町)は、四日市市富田地区の最南端に位置し、東は国道1号線、南は県道上海老茂福線(旧富田山城線)が通っている。
当地区の祭礼は2回ある。7月20日頃行われる地区の南西に鎮座する産土の茂福神社の夏祭りと8月13日〜15日に行われる富田地区総鎮守の鳥出神社の盆祭りだ。茂福
神社の夏祭りは、当日の昼過ぎより神社境内にて挙行される。 |
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祭礼に曳き出される祭車は、文政9年(1826)に桑名の三崎通西之組祭車として新造されてもので、赤須賀一番組を経て、大正11年(1922)に茂福町に譲られたものである。
構造は、新造当初は、四輪地車であったものを天保12年(1841)の改修に際し三輪へ改造されたものと考えられる。その後、大正12年(1922)に改修され、現在の姿になったものである。平成4年には大改修を行い、燭台金具も新調し旧来以上の美しさを取り戻した。→ |
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鳥出神社の盆祭りは近年「富田の夏祭り」として行われ、13日には市立富田小学校での盆踊り、14,15日は、富田地区の西町、北村町と一緒に3地区で石取祭車競演や国指定重要民俗文化財の鯨船、近年復古した伊賀留我神社の大太鼓、大鐘等の祭りが一堂に会し、この地区最大の年中行事となっている。 |
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彫刻充填型祭車の初期形式で、漆・飾金具も施されている完成祭車である。
・彫刻 野々垣太平衛・清平衛・兵介、森 哲荘
・漆 山本翠松
山形十二張の提灯は、表に朱墨で「茂」、裏は黒墨で「御神燈」が記されている。囃子は、七ッ拍子で、桑名でいう本七ッ拍子の変形にあたり、隣地区の北村町とほぼ同拍子であるが、細部が異なり、、当地区の方が北村町よりわずかながら拍子自体が長いという特徴がある。 <狂老> |
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